文字や写真だけでは伝わりにくい内容も
動画を活用すれば、伝わる幅が大きく広がります。
そのメリットを活かし、特に海外の人たちとのコミュニケーションで
活用している事例のご紹介です。
以下の動画を【朝九広告工房】で手掛けました。
■MARUKYU「PASTE BAIT」 英語版
■MARUKYU「PASTE BAIT」中国語版
B to C として、YouTubeでユーザに観ていただくだけでなく、
B to B として、取引先への紹介時にも活用しているとのことです。
文字や写真だけでは伝わりにくい内容も
動画を活用すれば、伝わる幅が大きく広がります。
そのメリットを活かし、特に海外の人たちとのコミュニケーションで
活用している事例のご紹介です。
以下の動画を【朝九広告工房】で手掛けました。
■MARUKYU「PASTE BAIT」 英語版
■MARUKYU「PASTE BAIT」中国語版
B to C として、YouTubeでユーザに観ていただくだけでなく、
B to B として、取引先への紹介時にも活用しているとのことです。
新聞広告の日である昨日(10月20日)の読売新聞夕刊が
「広告のない新聞」として発行され、話題になっている様子。
実際のところは東京都医師会のジャック広告であり、
新聞と医師会の重要性をリンクさせるという話の流れはちょっと無理押しな感じもするが、
広告欄真っ白というのはインパクトとして大成功ではないだろうか。
(結局、得をしたのは広告主よりもメディアのような…。)
まぁ、このような使い方をするということで広告主を説き落としたことや、
思い切った行為で数あるメディアのなかから差別化を図ろうとする姿勢は、
これまでの新聞の立場を考えると勇敢な行動ではないかと思います。
マスメディアが「マス」を武器としてアグラをかいていられない今のご時世、
失敗を恐れずに挑戦し続ける姿勢は必須ですね。
10年後のメディア勢力図、どうなっているんでしょうか。
こちらのblogエントリに全コピー掲載されていました。
先日、このような広告を目にして(web上でですが)、
「媒体特性を活かした見事なクリエイティブだなぁ」と感心しました。
それとともに、
「媒体特性を意識していない広告が意外と多く、もったいないなぁ」とか、
「今は広告媒体として使われていないけど、広告媒体になりうるものって、まだまだあるなぁ」とか、
もろもろ頭をよぎりました。
前者だと、
電車一編成ラッピングから中吊りまで借り切っているタイプの広告で運送業のモーダルシフトを謳うとか、
後者だと、
スティーブ・ジョブズのプレゼンをメディアとしてグローバルキャンペーンを扱うとか、
皇居ランナーの体を借りて広告をするとか、パブリシティ効果も意識しつつ。
媒体ありきのクリエイティブではなく、媒体の利用方法含めてのクリエイティブが本当の広告アイデアで、
広げる余地はまだまだありそう。(下品にならないよう気を利かせたり、規制にも注意して)
これを書きながら、
初めて御堂筋線の階段ケコミに打たれた広告を見たときの記憶がよみがえりました。
「こんなところにまで広告を打つとは、さすがの商魂」と。
そういう貪欲さをできる限りスマートに商業行為に転換するウデを磨きたいものです。
しばらく前にやり始めたものの、なかなか使いこなせないでいるfacebook。
最近、ちょっと活性化してきたようにみえるので、一度全体像把握するために読んでみました。
フェイスブック 私たちの生き方とビジネスはこう変わる (現代プレミアブック)
著者/訳者:イケダ ハヤト
出版社:講談社( 2011-02-11 )
定価:¥ 1,365
Amazon価格:¥ 1,365
単行本(ソフトカバー) ( 224 ページ )
ISBN-10 : 4062950693
ISBN-13 : 9784062950695
「フェイスブック」私たちの生き方とビジネスはこう変わる イケダハヤト著(講談社)
世の中の概況→総論→各論→実用法説明(ファンページを中心に)→今後のスケープ
と、正攻法で過不足なく小ざっぱりと仕上げられています。
そんななかでも「この本ならでは」な部分として、強く心に残った主張があるので記しておきます。
それは、
「facebookを使うことを目的とせず、ある目的を決めてfacebookを使うべし」ということ。
「なんだ、当たり前じゃん」、「facebookに限らず何でもそうじゃん」な主張ですが、
常にこういう警告を聞いていても、意外とできていないもの。
DTP普及時代の「Mac買ったら、誰でもデザイナー気取り」と同じことです。
「Macありきでデザインする」のは本末転倒で、
「(効率よく)デザインしたいから、Macを手にする」ということ。
目的が明確であれば、効果測定も可能です。
PDCAも回せます。
でも、心の片隅では、
ツールから入ったとしても、
常にそのツールを利用する目的を見出す気持ちを持っていれば
いいんじゃないかなぁとも思います。
そんな気張らず、もうちょっと、ユルめでもいいかなぁと。
今回の本でいえば、
「よく分からないまま、とりあえずfacebookを始めてみたけど、
そういうことならアレが実現できるかも」みたいに。
ただ、勇み足には注意。
やみくもに始めて、トラブル起こして、炎上とかなると大変みたいだし、
始めてみたたけど、うまくいかないのですぐ引っ込めるとかも、いいことなさそう。
(そのあたりの解説も書いてありますが。)
そういう意味では、やっぱりこういう本を読んでおいたほうが安心ですね。
蛇足ながら、表紙の人物CGかと思ったら、著者ご本人みたい。
狙っての処理だろうけど。
ここ最近、
自分と同じようなスタイルで(フリーランスの宣伝支援関係)
仕事している人たちが、
どれくらいいるのだろうかとか、
どうやって仕事しているのだろうかとか、
どんな悩みを持っているのだろうかとか、
プライベートと仕事の関係をどうしているのだろうかとか、
いろいろ気になるので、
いきなりメールしたり、電話したりするのはどう考えても非常識だから、
twitterでフォローして、つぶやきを読ませていただいております。
さらに、フォロー返しをしていただいたりすると、
「ちょっと仲良くなれた感」が芽生えて、ピュアに嬉しかったりします。
大げさだけど「片思い→両想い」みたいに。
そしてまた、相手が自分と同じような気持ちであるなら、
ここを基点として、将来的にリアルの場でも
「お互いにフォローしあえたらいいな」なんて夢も生まれたりして。
twitterすごい。
でも、何でだろうか?どこがだろうか?
ちょっと気になったので、
いまさらかもしれないけど、考えました。
結論からいうと、「勝手にフォロー、それが公開」という仕組みがすごいのです。
これまでは、PCや携帯を使ったコミュニケーションとして、
mixiを代表とするSNSが大したものだなぁと感じていましたが、
まったく面識のない人とコミュニケーションを持つきっかけを得ることが
まだまだ結構な障壁で、すごく気を使っちゃったりしていました。
また、コミュニケーションを持つ以前に、
相手を観察する段階にもちょっと心理的なカベがあって、
「お気に入り」に登録して密かに相手をチェックできるところが、
どこかストーカーみたいで、後ろめたさを少なからず感じていました。
これに比べて、twitterは、コミュニケーションのきっかけ作りが
容易かつ健全であると思います。
それは、「現実に大勢の人たちのなかに放り投げられた状態のようである」から
です。
なんとなく場を見て、気になる人の動きを観察し、
(フォローして相手のツイート見ている状態、誰をフォローしているかは公開)
共通の話題が合ったら話しかけてみるというのが
(@付きのツイートを送る状態)
リアルの場での一般的なコミュニケーションの始まりと同じプロセス。
自分の行動が周りに見られているという、
広めの「公開性」が、場荒れを防ぐとともに、
コミュニケーション開始の障壁を下げるのに
一役買っているのではないかと思います。
コソコソしがちなweb上にあって、
あえて、おっぴろげベースなコミュニケーションであること、
自分的には、それがtwitterの良さです。