Fugaku

大漁旗風の波のイラストを制作するにあたり、
資料として「富嶽三十六景」の「神奈川沖浪裏」を
見た、というより、調べた。

自分がこの画を作る気持ちになって、
はじめて分かることがいっぱい。

人間の視界、視野を越えて、
広角レンズ的に遠近感を強調する方法や、
砕けた波の散り方をどうデフォルメしているか、
光の当たり方、向き、
大きな波と小さな飛沫の対比などなど。

2次元をどのようにして3次元(超)に見せるかの、さまざまなテクニック。

画そのものは一般常識的に知っていたが、
これは、完全に「見流し」ていたなと気づく。

全然、見ていなかった。
全然、知らなかった。

まさに、見逃していた。
「流す」ことで「逃し」ていた。

となると、
絵、音楽、文章、写真などなど、
見流し、読み流し、聞き流し、していたものが多々あるわけで、
今後、得るものが多々あるということ。

未知のものだけでなく、既知のものにも、
価値は眠っている。